建築家のいない建築

建築家のいない建築

世界に残されたほんとうの名建築建築家のいない建築

・建築物の美学
・ゲニウス・ロキ
・兼ね備えた建築家

家は人が住むものです。そして、人が建てるものです。実際に建築作業に携わる大工さんや職人さんが、いないと適わないものですが、施主の要望を具現化するのに、建築家の力を借りることも少なくありません。建築家も数えきれないほどいます。しかし名のない建築家も、数えきれないほどの名作を残しています。

建築物の美学

このような家を、どう思いますか?

「ずいぶん古臭い家だ」
「住みにくそうな家だ」
「どこか田舎の方で見た?」
「改装すれば使えるのかな?」
「これはこれで、素敵かも」

たくさんの声が聞こえてきそうですが、現存する日本最古と推定される住宅のひとつとされる、兵庫県神戸市にある箱木家の古民家です。国の重要文化財にも指定され、『千年家』と呼ばれています。

じつは江戸時代からすでに「千年家」と呼ばれていて、昭和の時代後半まで実際に住居として使用されていました。古臭いといえば、世界最古の木造建築物としての法隆寺には適いませんが、実際に住まわれていた住宅として、これほど古い家は他にはありません。

時代を経て増築などもありましたが、ダムの計画によって移設され、できる限り建設当初の姿に戻され、現在は文化財として展示されています。この時の調査で、約700年前の室町時代に建てられたと推定されています。もちろん、サッシもなく畳もなかった時代の建物ですから、決して住みやすいとはいえるはずもありません。

それでも、屋根とのバランスや、壁と縁側のプロポーションなど、どこか不思議とデザインの魅力を感じます。こうした美しさがあるからこそ、残される理由にもなり、文化財としての価値も認められてきたのでしょう。そしておそらく、当時には似たような建物がたくさん建てられていたのだと考えられます。

日本各地に残されている古民家には、なんとなく共通点があります。建てた棟梁や大工は、もしかしたら調べようがあるかもしれませんが、設計した建築家がいたとは思えません。おそらく、デザインは棟梁か大工の頭の中にあったのでしょう。

そして、当時としては、できる限りの技術を尽くして、建立していたであろうことも想像できます。考えてみれば、現代でも断熱などの性能を求めるのであれば、建築家に聞くよりも、技術者やサッシメーカーや断熱材メーカーに聞く方が早くて詳しいと思えます。棟梁や大工に、技術も任せていたのでしょう。

それは、この「千年家』のことだけではありません。世界遺産となっている飛騨高山の『白川郷』も、合掌造りという統一されたデザインで建てられていますが、建築家の名が残っているわけではありません。それでも、文化的な価値はもちろん、デザインとして美しいと思う人も多いはずです。

こうした建築物の美学を、アメリカのバーナード・ルドルフスキーは『建築家なしの建築』(Architecture Without Architects)という書物で記しました。中でも家というのは、自然発生的、風土的、土着的な要素が大きく影響しています。それは自分が家を検討しようとする時、頼りにする建築家を選ぶことに通じるかも知れません。

ゲニウス・ロキ

建築家としての勉強の中で、近代建築理論のひとつとして一度は通るのがゲニウス・ロキという言葉です。「genius loci」とは、ローマ神話における土地の守護霊を表し、建築や芸術の世界では「土地柄」とされます。

建築家は、建てようとする土地の中に立ち、ゲニウス・ロキを感じて、その土地にあった建築物を建てようとする人です。なぜか、建築家として紹介される人たちが、まるで聖職者のような風体をしているのも、地霊を相手にしている意識からなのでしょうか。

その土地柄には、気候風土などの環境や、風習や文化なども含まれます。まったく前例のない荒野に建てるのであれば、ゲニウス・ロキも自然そのものですが、すでに先人の建てた建築物や街があれば、それは風土の一部となっています。

そして、その土地にはその土地の、その地域にはその地域の、さらに日本には日本のゲニウス・ロキがあります。これを感じて、建築物の設計に表すのが建築家の仕事だというのです。しかし風土から生まれ、すでに風土の一部になっている『千年家」に建築家はいません。建築家のいない建築です。

かならず楼閣あり

平安時代に庭づくりの書物として世界最古といわれる『作庭記」には、興味ある記述が残されています。

『唐人が家にかならずあり』

中国から来日した貴人の家のことが書かれたものです。当時の唐人といえば、いわば国賓であり、最大級のもてなしが行われていたのでしょう。常に「桜」と「閣」との2つの家を提供して日本で生活をしていました。

「桜」は軒を短く、「閣」は軒を長くして造られた建物としています。軒を長くすると、日本の風土に合わせて夏涼しく、冬には暖かい家になります。こうした日本流の家と、軒の短い唐風の家の2つの家が、唐人のために用意されていたというのです。

雨が多く、夏が暑く蒸す日本の風土には、軒の長い家が適していて、中国流の「桜」では暮らしにくさもあったのでしょう。想像する限り、日本流の「図」は中国文化の建築家が来ても失われなかったのです。

この「桜」と「閣」のイメージは、今でも私たちの中に残されています。中華料理店には「枝」がつく名が多く、「図」がついている店は日本料理店になっていることが多いのです。

日本の「楼」

ところが、環境や風土というのは、自然の条件だけではないようです。近年になって、日本の住宅の形も変わってきました。いわば「楼」の家が増えてきたのです。この要因はいくつか考えられます。ひとつはコストの影響です。

軒を延ばせば材料も余分にかかり、強度を持たせる必要性があります。もうひとつは、土地と法律の問題です。限られた土地の中で長い軒先を求めれば、建物が小さくなってしまいます。そして、建築家が知恵を絞り、中にはまったく軒を延ばさない家も考え出されます。

古人から見れば、まるで唐風の家のデザインのように感じるかもしれません。それがたとえ安普請の家に見えても、新しい日本流の家の風土になるのか、それとも一時的なものなのか、その結論は未来にしかありません。

文化というローテク

じつは似たようなことが、技術の面でもあります。古来の家は、きわめて単純な構造になっていました。逆に、単純でなければ建てられなかったといっても良いかもしれません。柱を立てて、その上に横架材を架け、さらにその上に屋根を載せて家は完成するものです。

何度も地震にあって壊されれば、どのように建造すれば壊れないかを学習し、経験値として工夫を重ねてきました。現代のようにハイテクな構造計算で強度を明確にしているものではなく、ローテクといわざるを得ません。おそらく、屋根は重たくして柱や梁を抑えつけた方が強いと信じていたのでしょう。

たとえば、瓦やぶ厚い茅葺で屋根を造り、さらに五重の塔では、高さの3~4分の1にもなる金属製の重たい相輪を載せています。います。そして誰もが、大黒柱が家を支えていると信じています。これは日本に建っているどの古民家を見ても、共通した建て方です。それが、建築家のいない建築となります。

構造計算の下

これに対して、現代では構造計算を行い、強度を算定して地震へのリスクを回避しています。その中では、屋根を軽くして、建物の四隅の柱を要(かなめ)とすることが通例です。考えてみれば、先人たちの知恵とは、正反対といえます。

しかし、現代の構造計算の手法で解析しなければ、万人に共通の尺度で建物の強度を明確にできません。こうした構造計算の下で設計することは、先の「楼」の家と同じように、風土となる家に影響を及ぼすことになります。

ローテクの慣習という耐震技術は不要となり、どのようにデザインしても計算さえすれば強度を確保できると考えます。さらに、自分のデザインを実現するために、構造計算を駆使すればよいと考える建築家を出現させるようになるのです。

それは多様化の時代になって、もてはやされることがあるかもしれません。これによって、先人が蓄えてきたローテクの技術は失われる可能性もあります。同時に、建築家のいない建築も、失われることになります。本当にこのような建築家が、ゲニウス・ロキを壊してしまいかねないのです。

兼ね備えた建築家

建築物の中でも、家の設計は簡単なものではありません。暮らし方は人それぞれに違い、残念ながらどんなに生活感に長けた建築家でも、住む人本人と一緒に住まない限り本人以上にはなれないものです。かといって、建築家の暮らし方に施主が合わせることも不合理です。

つまり、家は建築家の名の下に建つものでもないということです。一方、施主にとって、不慣れな家づくりを具体的な絵にしてくれる建築家の存在は大切です。何棟もの経験を積み、自分の考え以上に工夫を凝らしてくれればなおさらです。

それでいて、風土や伝統、文化まで兼ね備えていたら理想です。今の時代であれば、インターネットで探せば、そんな建築家がいるかもしれないと思いたくなります。しかし、忘れてはいけないのは、建築家のいない建築にこそ、大事な要素が隠されているということです。

ゲニウス・ロキの原点に戻れば、建築家こそ建築家なしの建築に、学ばなければなりません。そして、兼ね備えた建築家は、広いウェブの世界にいるのではなく、風土を知っている自分の地域にこそいるのだということです。

遠い世界の事例は参考にできても、現実的に建設するのは、地域に根差した建築会社に頼むことの他に勧められる手立てはありません。そして、その地域の建築会社が建てた家々をしっかり眺めれば、たとえ建築家としての名前は知られていなくても、その仕事ぶりを推し量ることはできると思います。

さらに、少なくとも建築士でなければ、家を建てる仕事はできません。建築事例を見ることに勝る、建築会社の選び方はないのです。その事例の中に、建築家のいない建築を感じることができたら、それが最も期待できる建築家との出会いになるかもしれません。